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ゴジラ伝説はここから始まったー松井秀喜5打席連続敬遠ー

記録より記憶に残る男、松井秀喜。
この記憶に残る姿は、既に高校の時から見られていた。

1992年に行われた第74回甲子園大会の2回戦松井秀喜率いる星稜高校対明徳義塾の試合でこの事件が起こりました。
あまりにも有名すぎるこの事件、野球ファンで知らない方はいないのでしょうか。

当時から「ゴジラ」の異名をつけられていた松井秀喜は圧倒的なパワーを誇り県内では当然、全国にその名を轟かせており、ドラフトでも注目の選手になっていました。
ラッキーゾーンが撤去されホームランの数が減っていた選抜大会でもホームランを量産し、高校通算60号を記録するほどのスラッガーでした。
明徳義塾は甲子園大会まで松井秀喜の凄さをあまり知らず、しかし1回戦の試合や練習を偵察した事によって、当時の明徳義塾の監督・馬渕も「腹をくくった」というほどであった。

試合は1回表に星稜の攻撃、1死3塁の先制のチャンスに松井秀喜の打席が回ったが当然のように敬遠されてしまった。
そして3回表、一死二塁三塁の松井の打席でも敬遠された。この敬遠は明らかな敬遠ではなかったため、仕方がないように思えた。
しかし次の松井秀喜の打席、5回一死一塁。一塁が埋まっているにも関わらず明徳は敬遠をしたため、観客も故意の四球だと気付き始め、会場がどよめき始める。
そして7回には二死無走者から松井を敬遠。明らかな敬遠に会場は大ブーイングが起こる。
9回のチャンスにも松井は敬遠され、明徳義塾が1点差を守りきり勝利し、結果的に敬遠作戦は全て成功した形になりました。

しかし、高校野球は正々堂々と勝負する事をモットーにしているため、明徳義塾の勝利至上主義が問題となりました。

甲子園大会のあり方まで考えさせてしまう男、松井秀喜。その後は皆さんもご存知の通り、日本の球界を背負いメジャーリーグでも記憶に残る男となりました。
野球界のゴジラの伝説の序章、ぜひご覧ください。

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元動画URL:https://www.youtube.com/watch?v=rEgKoQd3Qkk

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